地元のコト

平成27年度分として、最後の投稿です。
ここ数日分の投稿は、どれも同じように
27年度を総括するように書いたつもりです。
家庭内(地域内)の振り返りとして
お嬢の卒業式(6年生での1年間)があり、
仕事の振り返りとして、
この3月の行動・活動がありました。

家庭内、仕事においてもということにして
27年度を象徴するというか…
もっとも自分のモチベーションが高まったこと
というのが、お嬢の夏休みの自由研究でした。

6年間、娘と父とで取り組んできた
夏休みの課題である自由研究。
1年のとき、市の社会科展に
出展してもらったことをきっかけに、
これを毎年のモチベーションにしよう、
さらに、市の社会科展での入選を目指そう、
そうして取り組んできた夏休みの自由研究でした。

達成できたのは、6年間欠かさず
市の社会科展に学校の代表として
出展してもらうことができたこと。
残念ながら、6年間で一度でいいので
入選したいという目標は、達成できませんでした。

ちょっと流れを割愛しますが、
最終年度となった6年での自由研究を
全国のコンクールに出そうということになりました。
担任の先生の計らいでした。

全国のコンクールというのは、旺文社さんが
主催されているコンクールで、
理系の研究のほうが応募総数が多いのですが、
社会科自由研究部門においても、この年度
1,877件(小学生の部)の応募があった
大きなコンクールです。
6年間自由研究をやってきて、
その存在をはじめて知りましたし、
もちろん初めての応募でした。

4年5年6年で行った研究は、テーマとして
“商業”ということで一環した中味であり、
6年の内容では、4年5年での研究内容についても
盛り込んだ内容(総まとめ)としていました。
応募にあたり、全国コンクールということで、
少し手を加える時間ももらって
肉付けした内容にもしていたのですが…

実はこの出展において、
全国3位となる「銅賞」を頂くことができました。

全国学芸サイエンスコンクール(第59回サイエンスジャンル受賞者)

こんな、華々しいところに
名前を載せてもらうこともでき
受賞の事実を知ったときは、
お嬢本人もだし、家族全員で大喜びでした。

割愛した部分など、このことに関しては
書きたいことたくさんあるのですが、
先日ようやく出展したファイルが戻ってきたので
はっきり言って自慢の投稿にてお知らせでしたw
(賞状も2月の終わりにいただきました。)

4年5年6年での、テーマ“商業”については
きっかけが「パパの仕事について調べたい」
という、娘お嬢の言葉でした。

あまり直接的に、携わっている仕事
そのもののことを研究課題にはしませんでしたが、
“地域の商業のことを考える、知る”という点で
日頃自分が調べたり、考えていることを
研究課題にすることができたと思います。

低学年で調べたことも地域のことでしたし、
6年間一貫して、自分達が生活する
地域、身の回りのことを調べてきました。

それは自分達の生活、身の回りのことに
とにかく“興味を持つ”ということを
徹底して教え込もうというか、
興味を持って欲しいな…という親の思いでした。

その結果が全国3位!

やってきたことが認められるって
こんなにうれしいことなんだなと
本当に誇らしいです。

こういう思いを、仕事でも得たい!w
次年度はそれが自分自身への課題だなと
今回の受賞を、モチベーションにして
仕事にも取り組んでいこうと思います。

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鶴岡の玄関口

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この日は、駅前でイベントがあって、
一応同じ“駅前な”職場から、歩いてそれを見に行きました。
(うちは駅前じゃないんだろうな、厳密に。)

目的の催しを見終わり、駅前にあるビルと
ビルの間を渡している連絡通路から、駅舎のほうと
反対側の駅前商店街どおり(写真の)を眺めていました。

写真に写っている空き地のところには、
かつて「ジャスコ」がありました。
わが街鶴岡の駅前にもだし、
お隣酒田の駅前にも、空き地があって
そこにはかつて「ジャスコ」がありました。

きっと、日本全国津々浦々の駅前の空き地は
かつて「ジャスコ」があった場所だったのでしょう。

そして駅からちょっと離れたところには
かつての「ダイエー」(営業してるしてないは別にして)があり、
今ではもっともっと郊外の場所に、
かつての「ジャスコ」、今でいう「イオン」があって、
これも、日本全国津々浦々…
だいたいどこも同じようなことなのでしょう。

鶴岡には、ジャスコと並んで、
「マリカ」という商業施設もありました。
そちらの今は、建物はありますが中は営業していません。

この日の帰り、知らずに建物の階段を歩いていたら、
普段はシャッターが閉めてある、かつての商業フロアが
開放されていて、その“お店の抜け殻”の状態が
あらわになっていたのでした。

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私は、この光景を見ると、
切なくなるのと、ふつふつとしてくるのと…
へんなもので、職業病でしょうか(笑)

何とか成らんものか?と考えちゃうんですね。

でもこれは何とも成らんのですよ。
いや、誰が悪いとか、誰かがやらないと、とかじゃなくて。

成らんものは成らん、無理なものは無理。

ということらしいです。
私はその言葉を信じて仕事をしています。
そう思えばなおさら、“成っている”というのが
ありがたいことなのだと理解できるからです。

この施設に関してありがたいといえばもう一つ。
私は高校生の頃、この施設でよく買い物…
というか、少ないお小遣いでは買い物なんて
それほどできませんでしたが、とにかく入り浸っていました。

お店の中にいるのが好きだったんでしょうね。
店員さんにいろいろ話を聞いたり。
買えなくても、商品のことを知るのが
好きだったのでしょう。

私が高校生の頃は、商品というモノや、
情報が一番集まっているのが、「マリカ」でした。

そこで過ごした時間があるから今があるのかなと。

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商業施設としてまた復活して欲しい…
などとはすみません、全然思っていません(ひどいな…)。

残念ながら地方の駅前は、もうそういう場所ではないでしょう。
(そういうというのは、“商業ビルが聳え立つような”の意)

でも、本当に感謝しています、マリカ。
そんなこと言っても、皮肉にしか、あれでしょうか…

自分にとっては、モチベーションの一つなのです。

閉校式準備委員会の解散。

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まだまだ続く、PTAな話。
(このへん連日でしたから)

今度は、11月に行って終わっている
閉校記念式の準備委員会の解散式。
式典だけでなく、
記念誌発行したり、記念品作ったり、
それら閉校記念事業に関わる全ての、終わり。

関係者の皆さん、たいへんご苦労様でした。
お疲れ様でした!

自分はPTA会長ということで、
この準備委員会でも副実行委員長でしたが、
さっきの式典とか記念誌とか、
担当持っていたわけではないので、
はっきり言ってとくになんも…だったりしました。

閉校に関わらず、重鎮の方々はじめ
これまでも地域のことにご尽力の方々に
務めていただいた準備委員会でして、
これは決して皮肉ではございませんが、
自分など出る幕もなくでございました。

ほんと皮肉じゃなく。

自分は、地域の中では“ぽっと出”なんです。
ずっと住んではいますが、そんなに
漁村のことに今まで関わってきませんでしたから。

PTA会長も閉校のも、申し訳なさすら感じてました。
もっと他にやっていただく方いたんじゃないかと。

そんな遠慮がちな実行委員参加だったもので
正直なところ、もっと随所で意見しておけば良かった…
と思うところもありましてですね。

仕事であれば、もっとはっきり言えるんですけど、
その、地域にしろ学校(先生)にしろ、他のメンバーさんが
自分よりも地域や学校に精通してる方々なわけで
そちらの意見を尊重すべきだろうなと思うと、
思い切った意見も口にできずで、
“やり切れなかった感”が今でも残っています。

それじゃだめじゃないですかね…笑

ここに書いておきますと
記念式は、もっとたくさんの
過去に在籍した先生方をお呼びしたかった。
記念誌は、そもそも担当したかったかな。

でもま、もう終わりましたから。
とにかく統合に向けて、お嬢ら在校生を盛り立てたいのと、
立ち上げる地域の金管クラブを通して、引き続き
地域と関わって行こうと思っています。

解散式の夜、漁村の夜景を見ながら思いを強めました。

漁村とイヴ子

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イヴ子を自宅に迎えての最初の日曜日。
この日は予め、家族親族集まる段取りをしていて
とても楽しみにしていた日でした。

思えば、自分が小さい頃は、
何かと家に親戚中集まり、
よく宴会してたものでした。

気持ちよく酔っ払う親戚のおじさんがいて、
そのおじさんは必ず自分で歩けなくなり、
うちのおふくろにどやされながら
外まで引きずり出されるという…w
その光景がいつも楽しみでした。

子供達も多くて、いや子供はうちだけで
少し上のおにいさんおねえさん達が
一緒に遊んでくれるのも楽しみの一つでした。

そういうのがなくなって、寂しいなぁ…
と思っていたところもありましたが、
それというのは代替わりのようなもので、
今度はうちら世代で、親族集まるようにすれば
いいのだと今は思っています。

うちは、自分の世帯と、妹夫婦の世帯と
二人兄妹なので、そこまでの広がりだけど、
特に子供達どうしは、仲良くしていってくれるよう
集まる機会を増やしていきたいですね。

あ、忘れていけない、じじ(父親)とw

家族で一番やかましい存在だった
ばばはもういませんが、じじにとっても
はっきり言って、みんなが集まる機会というのは
希少なことになってくるでしょうから。

そんな、親族コミュニティな日でしたが、
午前中は地域コミュニティな、
漁村の大掛かりなお祭りの日でした。

⚫︎ 由良寒鱈まつり

この映像は古くて、会場は違いますし、
今年は天気が良くて雪景色もありませんでした。

はじめてこのイベントにお手伝いで参加しました。
駐車場整理で、会場内の状況はわかりませんでしたが
700杯限定の「寒鱈汁」を目当てに、
ですから700人以上の人が、
漁村に押し寄せる日なんです。
漁村の冬の一大イベントです。

この一年、学校の閉校関係で、
地域事にはだいぶ顔出すようになり、
地域の方々との関わりも増えてきました。

上の子お嬢が、3歳のときに
我が家は実家に入ったんですけど
(それまで漁村から離れて暮らしていました。)
イヴ子は、最初っから漁村で育ちます。

これって結構違いがあると思っています。
学校統合だって、イヴ子は最初っから
その統合された学校に通うわけですし。

イヴ子を通し、漁村を通し、
自分は、我が家は、地域コミュニティとか、
政治が言う、地域創生ってやつを
考えていく生き方になるんだろうなと思います。

それというのは、
個人個人で出来るコトだと思っています。

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少ない投稿のこのブログの中でも
今年何度か書いてきましたが、
お嬢(娘)が通う、すなわち自分自身の母校でもある
小学校の閉校式が先日行われました。

そして、同様に何度か書いてきましたが、
この1年、指導者として関わらせていただいた
スクールバンドのラストステージでもありました。

今年の、仕事以外での最大のモチベーションが終わりました。

その週明け(連休明け)ということで、
もちろん学校は年度いっぱいありますし、
スクールバンドも、6年生は終了。お嬢たち5年生は、
6年の卒業式に向けた体制にかわって引き続きあります。

今朝は普通に学校に見送りし、
明日はいつもどおり朝練に行ってきます。
終わったとはいえ、以前と変わらぬ日々が
また始まったというか…自分もだし、
児童たちも先生たちも、何か次に向かって
スタートを切るコトが出来たのではないかと思います。

あと4ヶ月、“学校の最後”は続くけれど、
今日からは、学校統合後の姿のイメージを
より具体的にしていくための期間になります。

終わってみれば、
「閉校式」は気持ちに区切りをつける、
“良いきっかけ”になったと思います。
そのために必要だったのだなと。

閉校式と一言で言っていますが、
この日一日の中には、いくつかの行事、
それらが全て閉校行事として行われました。

午前中の前半に、児童らの学習発表会(いわゆる学校祭)があり
後半が、市長はじめ教育委員会関係者が加わっての「閉校式」。
午後には、地区主催となる「思い出を語る会」という酒の席あり、
その夜は父兄で飲み会という流れ。

スクールバンドの演奏は、
オープニングアクト的に閉校式の前に行われました。
自分は、式典の関係者席に座って観覧。

約30年に及ぶ、我が校のスクールバンド…
自分ら在校生のころは鼓笛隊と呼んでいましたが、
その長い歴史に幕を閉じる最後の演奏を、
1年間関わった指導者として、
PTA会長(閉校準備委員)として、
一人の親として、そして、
はじめてトランペットを手にし
人前で演奏した自分を思い出すように…
とても清清しい気持ちで見ていました。

「ありがとう」という気持ちでいっぱいでした。

スクールバンドはこれで終わり。
でもこの日以前に、終わらせない覚悟が出来ていました。

学校が統合され続くように、
この地区に長年続いた歴史を絶やすわけにはいかない
というふうに、この1年活動してきたからこそ
思うようになりました。

ラストステージを次へのステップに。
今年度の残りもですが、来年度以降も
子供らと音楽を共にする時間は続きそうです。

荘内日報|来春統合 由良小学校で閉校式

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半分くらい消化しちゃったんですかね、夏休み。
ってタイミングで今年の自由研究スタートです。
去年のブログ見たら「ラスト一週間で本格始動」
って書いてあったから始動は早められました…w

構想も早かったんですけどねぇ…
あ、あと現時点で自由研究以外の宿題が
全て終わっているという、お嬢の準備は万端。

親父が相変わらず面倒くさいのである…。

まぁ、始めたんだからあとは終わりに向かってまっしぐらw

5年の今年は、
4年のに引き続きのテーマであり、
6年で完結を目指すものである…すなわち
3年間で取り組もうと思っているテーマ。

1年からずっと、学年での優秀作に選ばれていて、
その先の、市の作品展?に出していただいているんですが、
それが毎年なものですからね、そこだけは外したくない!
というモチベーションが、親父にもあるし
もちろんお嬢にもあって。

学年のとは言え、
一クラスかつ10人しかいない中から
選ばれる校内選考ですから、
そこは正直なところハードルが低いんですけど
その上の、市の作品展で賞を取りたい、
取らせて上げたいんですよね。

“賞を取りたい”がためとなると
ちょっと動機が不純になっちゃうと思うんですが
自分の小学生時代、運動がまるでだめで、
もちろん学年でとか、学校から
何か代表に選ばれるなんて経験がなくて、
そういう劣等感てすごく持ってたんですよね。

そんな自分に、すごく自信を植え付けてくれたのが
夏休みの課題で取り組んだ工作の、
市の作品展で受賞したという経験でした。

今、わが子にもそれを…みたいなねw

親より本人がその気にならないといけないというか、
親がそんな一生懸命になってどうすんの?と思うんですが、
夏休みの、自由研究に付き合うというのは、
本来なら、夏休みは家族で旅行とかね、
そういう思い出作りのほうが有りなんだと思うんですけど、
それがなかなか出来ませんからね…という。

子供と一緒に何か勉強する、
それが一番のPTA活動なのかなって思ったり。
その時間を使って、地域のコトを学ぶというのも、
有意義なコトなんじゃないかなって思っています。

子供に、自分が住む街に興味を持ってらうという意味でも。

何にしろ、巻きが入っている夏休み中盤ですw

夏休みは始まっています。

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夏休みです。
いわゆる子供にとってのロンバケ。
大人にとっては休みではなく、
上級生にもなって随分楽になりましたけど、
子供が休みで自分ら仕事(家にいない)というのは
何かと気が張るものです。
(相変わらず、嫌なニュースも飛び交う毎日ですし…)

そういう気の張りもあれば、
宿題しっかり消化してほしいというか
毎年恒例、親としては自由研究も気がかりだし、
夏休みの間も行事はいろいろあるし…という中の、
夏休み始まって早々の“ビッグデー”が終わって、
疲れも少しとれてきたかな?という今日現在です。

ビッグデーは、先週の土曜日。

まず最初は、地元漁村で毎年恒例の
「岩がき祭り」での、スクールバンド演奏。

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地元で取れた岩がきを、その場で食べちゃうというイベント。
その場で食べれるのは焼いた牡蠣。
それよりも人気なのが、箱詰めの生牡蠣セット。
これを求めにくる人で漁村がごった返す…ほどではないですが
そこそこ集まるというイベントです。

そのイベントでオープニングを飾るのが
地元小学校のスクールバンドってなわけで。
朝からあっつい日でしたが、子供ら元気に演奏できました。

5年生のTシャツは今日がお披露目。
父兄や先生もたくさん着てきてくれて良かった良かった。

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そして、二つ目のイベントが遠泳。
2年くらい前からこの日がおもやみでした。
(あ、「おもやみ」は方言らしい。)

海のそばで生きていながらなんですが、
夏になっても海に入りませんからねぇ…。
かなづちではありません、ちゃんと泳げます。

ただね。自分、海入らないんです。

でもま、お嬢も泳ぐし、
一応この遠泳も、学校最後のイベントだしね。
ちゃんと伴泳させていただきましたよ。

写真(は、5年生だけでの写真)に写ってる島から
泳ぐんです。約7~800mだそうな。
自分ら小学生のときと同じ(約1kmと記憶してたが)。

ただ、遠泳て、6年の行事のはず(自分らの頃)。

6年は島からを直線で泳いで、
5年が浜から迎えに行くようなかたちで
途中で合流するのでした。
あと5年はビート板あり。

何にしろですよ、遠泳て、親も泳ぐの?

いつからそんなコトになったのか知りませんが、
それを知ってからずっとおもやみだったんですけどね。
結果的には全然平気に泳げましたよ。

小学校のとき、脚に力が入らなくて
ぐらんぐらんになりながら浜に上ったのを覚えています。

なんとなく、たくましくなれるイベントですよね。

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そんな遠泳を終えての、
ご苦労様会なBBQがこの日3つ目のイベント。
校舎の前、というかグランドが会場。
BBQだけどアルコールなし。

暑い一日でしたが、このBBQの時間は、
夕暮れ時、浜からも風が吹いてきて
気持ちいい時間でした。

ここでお腹を満たした大人たちは
この後、四次会的な飲み会に移ったわけでしてw

一日中、PTA&地域行事で疲れもしましたが、
一日中、お嬢と一緒にいれて、
夏休みの良い思い出が作れました。

夏休みはまだ始まったばかり。
一日も無駄にできない(これは自由研究のコト)。

古いお屋敷が好き。

aoyamahonntei

*写真は、遊佐町のホームページより拝借。

GW、というか「子供の日」でございましたが、
2連休の2日目に当たっておりましたのと
前日がほぼ漁村から出ずにおりましたので
少しは外出しようかと、やや重い腰を上げて向かったのが
遊佐町にある、旧青山本邸という古いお屋敷に。

関連性のある二つのお屋敷についてもどうぞご覧ください。

遊佐町|旧青山本邸

にしん御殿 小樽貴賓館 (旧青山別邸)

本間家旧本邸

さすがに酒田の本間邸とほどはいきませんでしたが
立派なお屋敷でした(青山邸ははじめて見ました)。

我が家とは比べ物にならないくらいに立派ではありましたが
我が家と比べ物になるくらい、同じ時代の建物かな?
と思わせるところが随所にありました。

何にしろ維持管理は大変だと思いますが、
ある意味、生活していない家なので
昔のまんまで保存できていてうらやましい…
などと思ってしまいました。

うちは中途半端に手を加えちゃってるもんなぁ…

前日に、蔵の中断捨離してたのもあり、
青山邸にも土蔵はありましたが、
その造りとかも凄く気になって、
素人なりに目に焼き付けてきました。
(写真撮っても良かったんでしょうがそれをせず)

古いお屋敷、古い土蔵、あとお庭とか。

青山邸や本間邸のような豪華さは望みませんが
(実際かなりレベル違いますからw)
出来る限り残しておきたい、
しっかり再生させたいと思っています。
一応その予定ではありますが、自分が
この家の主になるのであれば、です。

生かすにせよ、無くすにせよ、
自分が最後だろうなと思っています。
次の世代にこの家を残そうとはあまり思っていません。
(なんて言うと叔父とかもいるからあれですが…)

残すコトと、思い切った何かをするコト、
やはりどっちも追求したいと思っています。

とにかく、昔のように
たくさんの人が集まる家にしたい。

それは、もっと将来先の話になるでしょう。
退職してからかなぁ、現実的には。

そのためにも、今の仕事を頑張るのと、
健康体で長生きするのと、
その、家を何とかしたいという夢を持ち続けるコトと。

今から始められるコトがきっとある。

孟宗で妄想?

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GW、珍しいコトに2連休に当たりました。
ありがたく休ませていただこうというコトで
2日でも連休ですから、予め計画立ててれば
家族でどっかいけたようなモノですが
そこまでの準備は相変わらずできておらず。
それに次週仙台一泊の予定となっておりますので
このGWでの連休は、
自宅近辺で過ごすコトに決めておりました。

いや、何も決めていなかったってわけですが
ひとつだけ決めていたのが、自分ちの山に
じじに連れて行ってもらい、お嬢と3人で
筍を採りに行くという予定でおりました。

ここ庄内は、おそらく?
筍(孟宗竹)消費量(食べる量)日本一、
いや世界一なのではないかと思われますが、
とにかくこの時期、食べるのです。

どうも、食べる文化がよそにはないらしく、
「竹の子、食べるんですか?」と驚かれたりする…
(だって皆さんも普通に筍ご飯とか食べてるでしょうに)

クックパッド|たけのこの粕汁(孟宗汁*もうそうじる)

これの地物が出てくるのが4月下旬~5月初旬スタート。
地物が出るのを待てないこのへんの地域の方々は
九州あたりから送られてくる、言ってみれば先取りのを
びっくりするくらい食べるんです…。

我が家は、拘っているわけではないのですが、
自分ちの山から採ってくるコトができるので
つまり買わなくても食べれるので、
自分ちのが採れるのを待って、
自分ちので孟宗汁解禁!となっております。

やはり孟宗汁については
このくらいの説明が必要だったかと思いましたが
ここに書きたいのはあまり孟宗の話ではなく。

幼い頃、自分ちの田畑、それから山には、
だいたい親について行っていた記憶が
もちろんあるんですが、孟宗を採りに行っている山のコトは
どうも記憶になく、はじめて行ったような気がしています。
記憶がないだけで、定かではありません。

その山には、どこの山にもですが神社があります。
そこも、初めて目にしたはず。
下の写真が神社の写真で、それなりに
といったら失礼ですが、パワーは感じなくもないですが
神社と言うより山の管理棟のような存在?

そこより上にあった、じじ曰く「うちのお稲荷様」
というのが、ヘッダーの写真でしたが、
こっちのほうがパワーあったように感じました。

ていうか、山の中にうちのお稲荷様があるわけ?
と思っては、確かに登記上ここがうちの山なら
あっても不思議はないのかもね…などと思ったり。

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最近、なぜ山(等)に神を祀ったのか?
というのにとても興味があって、
というわりに調べずに、あえて妄想しています。

最後の写真は、神社のほう、つまり山を背にしてとった
我が漁村の景色です。ここからも、
条件が整えば右側に鳥海山が見えるはず。

昔の人達は、ここからの景色を楽しんでいたに違いない。
そう思うのです。

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大人の事情。

24日のコトというコトで。

その前に。もうすっかり
毎日更新が途絶えたコトを開き直りつつも
“毎日分投稿”にこだわっております。
今週は追いつきそうだったのにな…
やはり仕事のほうに重きを置いた一週間でした。
(というコトで日曜日に書いております。)

この日は、スクールバンドの授業のがある日だったのですが、
行けなかったんです、大人の事情?により。

出勤日でしたので、途中職場から抜けて行くつもりでした。
そんなコトができるコト自体、かなり融通利いてそうですが、
朝から晩までの勤務(残業じゃなく)シフトがあって、
その場合2回休憩とるわけで、その分を
学校へと抜け出すための時間にあてているわけです。
まぁ、融通利くのは確かだと思います。

ただ抜けるにも条件揃わなければ抜けられません。
この日は遅番で出勤予定のスタッフが、
緊急事態で出勤できなかったのです。
日中に火事があり、消防団として出動したのでした。

大人の事情というか、住む地区の事情。

消防団に入っていると、日中であろうと
火事が発生し、出動要請があれば(自宅にいたら)
出動しなければならないのですね?
(自分、消防団経験がなく…)

方や消防団で火事、
方や小学校でスクールバンドの指導、
そして、どちらか職場に居なければならない状況。
となれば緊急事態の火事の事情を優先というか、
自分が職場を離れて学校に行くわけには
いかなかったわけです(当たり前です)。

それより何より思ったんですが、
誰しも、職場、仕事以外の大人の事情、
住む地区の事情とでもいいますか、
それぞれ持っているモノなんですよね。

自分の場合は、今は学校を通しての地区との関わり
消防団に入っている人なら、消防団を通しての関わり
神事を通しての人もいるだろうし、
女性の方なら、婦人会とかもあるかもしれない。

何かしら、仕事以外における地区とのコミュニティ、
大人の事情を持ちながら、暮らしているわけですよね。

さて、こういう日もあるというコトで学習したうえで
木曜日の授業に参加する時間を、
しっかり確保しなければと思った次第です。

やっぱり毎週木曜を休みにすべきかなぁと。