平成27年度、最大のモチベーション。

平成27年度分として、最後の投稿です。
ここ数日分の投稿は、どれも同じように
27年度を総括するように書いたつもりです。
家庭内(地域内)の振り返りとして
お嬢の卒業式(6年生での1年間)があり、
仕事の振り返りとして、
この3月の行動・活動がありました。

家庭内、仕事においてもということにして
27年度を象徴するというか…
もっとも自分のモチベーションが高まったこと
というのが、お嬢の夏休みの自由研究でした。

6年間、娘と父とで取り組んできた
夏休みの課題である自由研究。
1年のとき、市の社会科展に
出展してもらったことをきっかけに、
これを毎年のモチベーションにしよう、
さらに、市の社会科展での入選を目指そう、
そうして取り組んできた夏休みの自由研究でした。

達成できたのは、6年間欠かさず
市の社会科展に学校の代表として
出展してもらうことができたこと。
残念ながら、6年間で一度でいいので
入選したいという目標は、達成できませんでした。

ちょっと流れを割愛しますが、
最終年度となった6年での自由研究を
全国のコンクールに出そうということになりました。
担任の先生の計らいでした。

全国のコンクールというのは、旺文社さんが
主催されているコンクールで、
理系の研究のほうが応募総数が多いのですが、
社会科自由研究部門においても、この年度
1,877件(小学生の部)の応募があった
大きなコンクールです。
6年間自由研究をやってきて、
その存在をはじめて知りましたし、
もちろん初めての応募でした。

4年5年6年で行った研究は、テーマとして
“商業”ということで一環した中味であり、
6年の内容では、4年5年での研究内容についても
盛り込んだ内容(総まとめ)としていました。
応募にあたり、全国コンクールということで、
少し手を加える時間ももらって
肉付けした内容にもしていたのですが…

実はこの出展において、
全国3位となる「銅賞」を頂くことができました。

全国学芸サイエンスコンクール(第59回サイエンスジャンル受賞者)

こんな、華々しいところに
名前を載せてもらうこともでき
受賞の事実を知ったときは、
お嬢本人もだし、家族全員で大喜びでした。

割愛した部分など、このことに関しては
書きたいことたくさんあるのですが、
先日ようやく出展したファイルが戻ってきたので
はっきり言って自慢の投稿にてお知らせでしたw
(賞状も2月の終わりにいただきました。)

4年5年6年での、テーマ“商業”については
きっかけが「パパの仕事について調べたい」
という、娘お嬢の言葉でした。

あまり直接的に、携わっている仕事
そのもののことを研究課題にはしませんでしたが、
“地域の商業のことを考える、知る”という点で
日頃自分が調べたり、考えていることを
研究課題にすることができたと思います。

低学年で調べたことも地域のことでしたし、
6年間一貫して、自分達が生活する
地域、身の回りのことを調べてきました。

それは自分達の生活、身の回りのことに
とにかく“興味を持つ”ということを
徹底して教え込もうというか、
興味を持って欲しいな…という親の思いでした。

その結果が全国3位!

やってきたことが認められるって
こんなにうれしいことなんだなと
本当に誇らしいです。

こういう思いを、仕事でも得たい!w
次年度はそれが自分自身への課題だなと
今回の受賞を、モチベーションにして
仕事にも取り組んでいこうと思います。

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我が家の卒業製作

お嬢の、小学卒業式から10日ちょっと過ぎました。
昨日は離任式があって、最後の登校もありましたが、
そこで卒業生たちに配れるようにと、卒業式後も
“我が家の卒業製作”は続いておりました。

卒業祝賀会で、子供らにサプライズで流した
親達から子供達へのメッセージDVDを、
人数分、コピーしたりプリントしたりの作業。
ほとんどママがやりました。
ママ、お疲れ様でした。

このDVDが、とてもよく出来ておりまして、
卒業祝賀会では親達ぼろぼろ泣いてました。
送った側の親達が泣いてしまうというw
あ、作ってたママは、夜な夜な泣きながらの作業必至w

このDVDの中味は(冒頭に入れられたメッセージより)、

 卒業する君へ
 ありがとうの想いを込めて…
 私たちからの一番最初の贈り物
 それは…

 名前

ということで、卒業生23名分の
名前と、それに込められた親の想い、
そして“ありがとう”のメッセージを。
写真は、生まれた頃の写真、
小学校入学の頃の写真、
卒業アルバムの個人写真の3枚が
順に流れていくという、シンプルな構成。

見ていると、自分の子供のところだけでなく
他の子たちの、親からの想いに共感したりで
そこに涙腺緩むんだろうなぁ…

統合しても一クラスしかないというのもあるけど、
学年全体が我が子のようなね、
大げさにいうとそんな感じでしょうか。

中学での3年間も同じクラスメイトであり、
親達同士の付き合いも続きますからね。
絆を深めるのに、いいDVDになったかも。

そんなDVD、我が家の製作物ですから
もちろんBGMが重要ポイント!

選曲も全部ママさんに任せましたが、
・下手に(ベタに)親世代の選曲をせず比較的最近の音楽を。
・“直球な卒業ソング”すぎないようにと、歌詞そのものが
 子供達へのメッセージになるものを。
と選びました。

良い歌ズラリです。

● 夢を味方に|絢香

● ありがとう|FUNKY MONKEY BABYS

● シェネル|Happiness feat. 松下奈緒

● AI|みんながみんな英雄

ファンモンの「ありがとう」のPVが、
田舎の小さい学校のストーリーで
ちょっとかぶるなぁ…とまた涙腺緩むのでした。

さて、卒業おわった!
我が家は、この卒業制作をもって
ようやく、お嬢の卒業式を、そして
お嬢での小学校生活6年間を終えることができました。

部活どうする?

3月、プライベートでは
長女“お嬢”の小学卒業式があり、
そのことなどはたくさん書きたいこともあります。
(それが、学校の統廃合を振り返ることでもあり。)
そのあたりはまたいずれ…

ということでお嬢は春休み中。
入学式というか、始まる中学校ライフのことを
どんなふうに考えているのやら。

家族としても、まだ決めかねていることがある。
部活動のことだ。

小学校が統廃合するほどの地区にある中学ですから
中学も人数が多いとは言えない。
自分も通った中学であり、その頃は
1学年2クラスあったが今は1クラスしかない。

何かと深刻なのが、部活動の数が少ないということ。
さらには、団体種目でメンバーが組めないということから
女子だと、辛うじてバスケがあるが、あとはテニス。
以前なら、運動能力の高い子がやってるイメージの陸上部が
未だと消去法的にメンバーが集まりやすくなっているのだという…。
あとは芸術部。自分らの頃は文化系部活は何もなかったが、
運動が不向きな子らの受け皿になっているのがそれだ。

今も昔も、吹奏楽部はない(大昔あったらしい)。

さてうちのお嬢、どうしましょうかということだ。

実は決意がすでにあって、
だから自分も重い腰を起こして
金管クラブを発足させている。

小学主体の金管クラブだが、
これを中学も参加できるものとし、外部の活動だが
その活動をしていれば部活動をしているという
ことにならないか?

外部の水泳教室に通っている子たちが
そういうことらしく、同様に
金管クラブも適用してもらえないか?

という、中学校側との調整も実は済んでいて
お嬢だけでなく、友達も学校の部活ではなく
金管クラブの活動を続けたいと言ってくれてる子もいる。

何も戸惑うことはないのだが、
本当に学校の部活を何もせずに?それがいいのか?
というのが、今父親の悩みどころである。

学校生活の中で、部活動という団体行動って
大事だと思っていて。それが大して好きでもない、
むしろ嫌いであっても、それでも必要なことじゃないかと。

嫌いなこと、不向きなこと、かつ団体行動。
そういうストレスなことも、どんどん経験してほしいなと。
そんなことを思っている父親です。

なんにしろ、楽器を吹くことは
精一杯頑張ってほしいと思います。
本人もその気は十分みたいだから。

変わらぬ校舎

  

4月もGWに突入ということで。

先週、いよいよとなる
新たな金管クラブの活動をスタートさせました。
事前に入会希望のあった子供達のほとんどが
初めての練習日に集まってくれました。

まだこちらの準備が万全ではなく、
場当たり的に進めていくことになりますが、
まずは始められて、約20名という
たくさんのメンバーが集まってくれて
本当に良かったです。

ということで、久しぶりに学校に行きました。
久しぶりといっても約半月ぶり。
当たり前かもしれませんが、
学校の雰囲気は閉校前と何も変わらない
というふうに自分には感じました。

中に人がいるかいないかの違い。
実際、子供らと一緒にいたわけですから
うん…特に変わった様子はなく。

そうは言っても、
体育館と音楽室にしか入れない状態の校舎です。
それでも、毎日ではない週1回でも
子供らの声が聞こえる旧校舎。

立ち上げた金管クラブの役割は
音楽を奏でるだけではないんだなと…
気を引き締めたわけです。

ま、思うところはいろいろですが、
子供らと、楽しく音楽をやっていこうと思います。

これからは、学校の音楽室が
マイ・サード・プレイスです。

中学校の入学式。

  

先日小学校で見送った卒業生の、中学入学式に出席してきました。前PTA会長としての来賓席にです。

自分にとっても母校の中学校です。ですが新しくなった校舎には(初めて入ったわけではありませんが)現役時代はお世話になっていません。それなのに「母校に来た」という感じはするもので、不思議なものですね。

中学、当たり前ですが小学校との雰囲気の違いに、背筋がピンとなりました。おそらく、小学校だと、1年から6年までに結構な幅があって、挨拶とか、同じコトを話すにも1年生にわかるように話をしないといけないんじゃないかと思うのですが、それが中学だと大人向けの言葉をそれなりに使えて、お、やっぱり中学はステージが違うんだな…という緊張感がありました。

校長先生の式辞もなかなか重みがありました。そうか、このくらいのことを話しても、理解できるわけだなと思ったし、家ではお嬢とこのくらいのレベルで話したほうがいいんだなと思いました。そう、お嬢は来年だけど、早め早めに、次のステージをイメージしていかなければと思っています。

中学での方針、自分が現役のときと変わりなく「自律と共生」(忘れていましたけど…)

自律と共生、本当に大事だよと、入学式を迎えた彼らや、在校生にもしっかり理解してほしい、お嬢にもだし、今なお自分自身でも噛みしめたいと思いました。

もう一つ、自分が中学時代の校長先生が残してくれた言葉「人を動かすのは感動だ」も、ずっと大事にしたいです。中学は、短い3年間だけれども、心に刻まれるものは多いのかもしれませんね。

来年になりますが、お嬢の入学式をイメージできて良かったです。お嬢の中学入学式がもうすでに楽しみです。

閉校式準備委員会の解散。

IMG_5716

まだまだ続く、PTAな話。
(このへん連日でしたから)

今度は、11月に行って終わっている
閉校記念式の準備委員会の解散式。
式典だけでなく、
記念誌発行したり、記念品作ったり、
それら閉校記念事業に関わる全ての、終わり。

関係者の皆さん、たいへんご苦労様でした。
お疲れ様でした!

自分はPTA会長ということで、
この準備委員会でも副実行委員長でしたが、
さっきの式典とか記念誌とか、
担当持っていたわけではないので、
はっきり言ってとくになんも…だったりしました。

閉校に関わらず、重鎮の方々はじめ
これまでも地域のことにご尽力の方々に
務めていただいた準備委員会でして、
これは決して皮肉ではございませんが、
自分など出る幕もなくでございました。

ほんと皮肉じゃなく。

自分は、地域の中では“ぽっと出”なんです。
ずっと住んではいますが、そんなに
漁村のことに今まで関わってきませんでしたから。

PTA会長も閉校のも、申し訳なさすら感じてました。
もっと他にやっていただく方いたんじゃないかと。

そんな遠慮がちな実行委員参加だったもので
正直なところ、もっと随所で意見しておけば良かった…
と思うところもありましてですね。

仕事であれば、もっとはっきり言えるんですけど、
その、地域にしろ学校(先生)にしろ、他のメンバーさんが
自分よりも地域や学校に精通してる方々なわけで
そちらの意見を尊重すべきだろうなと思うと、
思い切った意見も口にできずで、
“やり切れなかった感”が今でも残っています。

それじゃだめじゃないですかね…笑

ここに書いておきますと
記念式は、もっとたくさんの
過去に在籍した先生方をお呼びしたかった。
記念誌は、そもそも担当したかったかな。

でもま、もう終わりましたから。
とにかく統合に向けて、お嬢ら在校生を盛り立てたいのと、
立ち上げる地域の金管クラブを通して、引き続き
地域と関わって行こうと思っています。

解散式の夜、漁村の夜景を見ながら思いを強めました。

PTAが終わっても。

IMG_5715

何気に著者近影な写真ですな。

前記事で「つづく」で閉じたので
続きの話をしないとなと思っておりますが。

この写真は授業参観の日の翌日にあった、
スクールバンドの練習風景ですね。
奥様がイヴ子を連れて練習参観して撮った写真です。

その授業参観の日、
ですから写真の前日になるんですが、
授業参観の後にPTAの解散式というのがあって。

学校も閉じるので、
なくなる学校のPTAもなくなるというか、
要は会計を締めてじゃなくて閉めて、
次のPTAに移行というか、替わるわけです。

ですから、自分が学校最後のPTA会長だったわけです。

PTAというのも、不思議なものでしたね(笑)

さっぱりわからずに始まった自分のPTA活動。
終盤、少し解ってきたかな〜と思いましたが、
終わりを迎えて、やっぱり随分訳分かりませんでしたね。

学校(先生)と子供の間に立って、
ときにはPTA役職者、つまりお父さん同士で会ったり、
相手が市職員である教育委員会だったり、
地元ではお母さん方に向けた話をしないといけなかったり。

のようで、何かどっぷりしないといけないかというと
そうでもなくて、やるコトといったら、
その場その場、ただ挨拶と、
決まり切った内容をただ流していく会議の進行。

それだけですもん。

ですが、とても勉強になった一年間でした。
それをね、その思いをですね、解散式の中で
活動報告の中に盛り込みたかったんですけどね。

最後まで、PTAでの挨拶は納得いかない内容でした(笑)
職場でも、日頃から女性がたくさん集まった目の前で
話す機会も多いのですが、
お母さん達の前だとほんと緊張します。

テキトーに済ませればそれでいい場なのに、
どうしても、思いを込めちゃうんですよね…

それが、全ての人に響きけばいいけど、そうでもないだろうし…
って話しながら考えちゃうんですよね。
そのときそのときで言葉選んでしまうし。

でもま、とりあえず終わりました、PTA。
あとは卒業式で祝辞を述べるだけです。

そこでもう一度、思いを込めよう。

で、スクールバンド。
こっちは終わりのはずが、すっかり始めるモード。
こっちも卒業式の「ほたるの光」を残すのみですが、
自分の頭の中は、すっかり来年度です。

それに、自分にとって何よりのPTA活動が、
子供らと音楽をすることなのだと思っています。