iPhone8とカバー

4月も結局、たいしてブログを書けずに終了。
心機一転で迎えたこの4月。
昨年度までと変わって、
平日勤務の土日休み(一応)となって
毎日のいろんなサイクルも変わってきて
ブログなんかも書けるようなそんな時間を…
そこまで安定的に産み出せるような
そんな1ヶ月ではなかったなぁ…。

でもまぁ、ほんと心機一転て感じです。

そんな新年度に、
いろんな新アイテムを迎えてたんですが
その一つが、iPhone8。
5sからの機種変(キャリア変え)でしたので
何気にジャンプアップでした。

だって、8ってiPhone Xとやらを除けば
現行機種なわけでしょ。
現行機種だなんて随分久しぶり。
ずっと“周回遅れ”で来てたようなものでね。
家計の見直し的に、私とお嬢(中三長女)の周回遅れは
iPhone6の奥様を追い越してしまったのでした。

でしたが、iPhoneが8になったことには
あまり実感もなく(同じiOSで動くマシンなわけで)
そこでの心機一転はあまり意識してませんでしたが
やはりカバーをね、“持ってる感じ”で
新しさを感じたかったわけです。

この1ヶ月で4つもカバー買った次第w

あまり実感もなく、というのは
実際にはそうではなく、
サイズが大きくなってるわけです。
正直なところ、次に機種変するときは
現行SE、または次期SEと思っていて
つまりサイズを、
そこまでに留めておきたかったのです。
そんな本人の意思はまったく無視された
我が家の今回の見直しだったわけです。

カバーの話。
どのタイプにするか悩んだ私は、
取り急ぎ3つ、タイプ違いでポチりました。
ハズレ覚悟の買い物だったので、
比較的安いのを狙いました。

今まで一度も使ったことのない、
全面覆ってしまうスーツ型?とでも言うのか
薄型のそれを一番楽しみにしていたんですが
一方で一番安いのをポチったせいで
それが一番だめでした…。このタイプのは、
よほど精度の高いのを選ばないとだめだなと思います。

手帳型?とでも言うのか
(すみませんいちいち説明が適当で)
フタのついたそれは、
以前5sでも使ってもののサイズ違いでしたが、
質感そのものは気に入ってたんですが
本体が大きくなった関係か?
フタを閉じたとき若干よれてしまうのと
カメラの部分がペタンとなってるのが許せず…
5sのとき気に入ってたのに裏切られた感じ。

img_5148

でもまぁ、この手帳型と、
背面にカード差し込めるやつは
補助的に持っておくことにして、

やっぱりスリーブケースがいい

てことで、これまた以前も使ってた
皮製のこれを、後になって求めました。

いろいろカバーを試してみて
結局のところにたどり着くのですが、
iPhoneというのは、
やはりとても素晴らしい製品だと思います。
(それ以外の製品も良くなってきていることも認めつつ)

素晴らしい製品、良い製品というのは、
カバーやらフィルムすら、
何も付けずにそのまま使うのがベストの状態、
それが良い製品だと思っています。

いきなりカバーつけて使ってたので
iPhone8の背面がガラスだったってことも
気にせず使ってたんですが、
やっぱり“素な”状態のものを
素手で触ってるのが一番心地良いんですよね。

両面ガラスなのと、
大きくなってまだ持ちなれてないサイズ感から
いつ落としてしまうかもしれないという
危機感を持ちつつ、実際持ったときスベスベしてて
ほんと落とすのが怖いんですけど、
少し持ってると手が汗ばんできて
逆にピタッと手に馴染んでくるのがガラスの感触。
(どっちかというと手はいつも乾燥してるほう)

あぁ、このiPhoneは素で使おう。

そう思ったら、やっぱりケースは
スリーブケースだなと思ったわけでした。

背面ガラスは7世代からでしたでしょうか。そして
自分が始めて手にしたiPhone、4世代もガラスでした。

あれ?白いiPhoneにしたのは初めてかな。
サイズは正直、4世代5世代のが
いいと思っているんですが、
いかんせん老眼が酷くなっているのもあって
小さいiPhoneはもう無理なのかな…と思ったり。
でも次期SEが、Xのような
フルディスプレイになれば
そっちがいいかなと思ったり。
やっぱりこの製品の“次”には
いつも期待しています。

そうね、“今ある満足”より
“次への期待”が、継続への力かと。

スリーブケースについては以前の投稿を…

monooto|スリーブケース(2015/01/26

さて。新年度1ヶ月目終了。
新体制、本番はまだまだこれからですよ。

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新しいデスクトップ

unnamed (1)

今年度4月から、社内での転籍がありまして
15・6年ぶりに、デスクのある場所が変わりました。

ちなみに勤め先の建物が変わるのが20年ぶりくらい?
異動という経験が数少なく、1回、2回、3回…
27年の会社勤めの中で、今回が4回め?でしょうか。

ちなみにちなみに、建物で言うと
3月までいた場所と、今回移ってきたというか
戻ってきた場所、この二つの建物、しかも並んで建ってるw
27年務めてきて、ですから通勤ルートはずっと同じw

そんな、会社勤め28年目の春を迎えております。

異動に対する不安?それがあったのかなかったのか
今となってはよくわかりませんがw
単純に“デスクが替わる”ということに
期待感を持ってこの春を迎えました。
そのくらいの楽しみ、前向きさを持たなければ
こんなんやってられっかよ!?ということでしょう。
(いやいや真面目に何事にも前向きに)

デスクが替わっても、
デスクトップのセッティングは以前同様。

・ノートPCとのディアルディスプレイ
・ノートPCのキーボードのところの
 自作トレイが手帳とスマホの居場所
・日常的に使うファイルと文房具はデスクトップ上

この3つが基本となっています。
実は今回の異動で20人近く集められたそのフロアには
真新しい机とイス、そしてデスクトップPCを
用意してもらっていましたが、
自分だけ、以前からのノートPCを持ってきて
我がまま言ってデュアルにしてます。
一人で色も黒いし。

営業マンが集まったフロアなので、そこに
人がいる場合(デスクワーカー)は少ないんですが
自分もその一人なのに、一番長くいますね、机に。

以前から、現場主義者ではありますが
いろいろと産み出す場所として
事務所のデスクはとても大事な場所です。
ここで情報を集めたり、発見したり
それをここで整理して、
こうじゃないかと仮説や提案を起こす…

今回、担当する現場も増えたんですが
現場からではなく、この場所を基点にして
今までどおり、楽しいこと、前向きなことを
考えていこうと思っています。

三春の滝桜

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それが日本三大桜だとか、
それが同じ東北にあったとか、
ブログでのお友達付き合いがなかったら
きっと知らないでいたかもしれない、それ。

毎年見に行きたいと思っていたけど、
地元でのお花見すら出来ずにいたここ数年。

今年の春は、ここ数年、いえ、
ここ十数年とは“違う春”を迎えていて、
だから見に行きたかった三春の滝桜も見に行ったし、
地元でのお花見も、しっかり行こうと思ってる。

2月、3月と、忙しさもあったけど
どんな春を迎えられるのか?よくわからずにいた。
4月に入って1週間。
目指すべきところ、あるべき姿は、
見えているかなと思うし、
踏み出すことも出来てると思ってる。

自分だけじゃない。
“保育園4年生”で年小組さんになって
保育園バッグを持っての通園が始まったイヴ子と、
いよいよ受験生、生徒会副会長のお嬢と、
キャリアアップした奥様と。

みんなでステージアップした、この春の我が家。

4人で見た三春の滝桜を、しっかり胸に刻んで、
4人で、毎日を楽しんでいこう…そう願った父でした。

そして、ブログに書きたいことは“わんさか”あるし、
音楽リスナー30周年の
45歳で45曲のプレイリストも、
途中で止まってましたのでね…

再開の4月、リスタートの4月にしますよ。

Long Night|渡辺美里

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Long Night|渡辺美里

作詞:渡辺美里 作曲:岡村靖幸 編曲:大村雅朗

3曲目です。

この場合のというか、
アルバムとかプレイリストの3曲目というのは、
そこに何を持ってくるか?という点で
はっきり言って“肝”だったりします。
します、だなんて断言しちゃってますが
そういうものだと思っていつもアルバム聴いてます。

まぁ、それが3曲目なのかどうかは、
1曲目、2曲目にもよるとは思うのですが、
3曲目あたりまでが、アルバムの“つかみ”だと思います。

美里のセカンドアルバムである「Lovin’you」は
2枚組みなので、レコードであれば
A面からB面にひっくり返して、
さらに1枚目をしまって2枚目を出してセットして
さらにA面からB面にひっくり返す…
時間にして1時間半くらいを要して聴くわけで、
その、つかみの3曲…

・Long Night
・天使にかまれる
・My Revolution

当時の、最強ソングの1曲と言える
「My Revolution」を3曲目に持つこのアルバムの、
最強のつかみの3曲ではないだろうか。

さて、自分のこのプレイリストの3曲目には美里を。
これも決めていたことだったりするが、
何にしよう?言い換えてしまうと何でもいい…
というと、選んだ「Long Night」に失礼なのだが。

そもそも、初めて聴いた美里のアルバムは、
「Lovin’you」の次作で1987年リリースの「BREATH」。
「Lovin’you」を聴いたのはそれより後のことだ。
「My Revolution」がシングルでリリースされたのが1986年1月。
自分はその頃、音楽にあまり興味を持っていなかったし、
ヒットしてたなんてことも知らなかったと思うが
“美里のMy Revolution”というのは、
クラス(当時教室での飛び交う会話)の中で聴いてる人多かったな
という印象が強い。尾崎豊の存在もそんな感じ。

クラスで話題になってるけど自分にとっては違うかな…という感覚。

だったけど、TMの音楽を楽しむには
美里の存在は外せないものだったし、TMや米米同様、
ラジオのレギュラー番組もエアチェックしてた存在。
(美里のそれによって、聴くのがAMからFMにも代わっていった。)

美里は、2ndアルバムの「Lovin’you」から
8作目「BIG WAVE」まで(リリースのなかった年もあるが)
7作連続でオリコンのアルバムチャート1位を記録している。
自分の年齢に当てはめると、中学の3年と高校の3年と
高校卒業してから2年となるが、その卒業してからの2年(回)は
東京就職した友達と西武球場でのライブにも行ったなぁ。
(TMを教えてくれた例の友達である。)

もしかして(全作とはいかないが)、
自分が一番アルバム持ってるアーティストって美里かも。
美里に限らずだけど、アルバムアーティストが好きだし、
音楽を聴くフォーマットがアルバム…もうこれが
中学のときからの音楽の聴き方になっている。

さて、美里はデビューアルバムの「eyes」の30周年から、
-30th Anniversary Edition- と題して
リマスター再発盤をリリースしている。
これを書いてる今年は、ribbon」のがリリースされる。

自分にとっての大事な1作「BREATH」のがスルーされていて
なんで?と思ってしまったが…一昨年にリリースされた
「Lovin’you」のはしっかり購入していたし、
こうやって自身の音楽リスナー30周年の
プレイリストを作ろうと思った一つのきっかけが
「Lovin’you」のリマスタ再発だったかもしれない。

渡辺美里 | Lovin’ you -30th Anniversary Edition- 特設サイト
SPICE|渡辺美里の名盤『Lovin’you』発売30周年で小室哲哉と木根尚登がコメント

そして、去年(2017年)もう一つ
「Lovin’you」にも関連づいた書籍がリリースされている。
「Lovin’you」の全曲アレンジを手がけた、
故・大村雅朗氏の追悼本である。

まだ買ってなかったこの本を、
このプレイリストの、このブログ投稿するのに
しっかり読んでから書きたいと思い、急いでポチって買った。
正直なところ小室哲哉の引退表明も、
そうだ、大村さんのまだ読んでなかった…と思い出させてくれた。

大村さんのこの本は(というより大村さんの存在そのものが)、
今回のプレイリストと、まだ始まったばかりのこのブログ連載に
とても重要な文献になっていくだろう。
小室哲哉、渡辺美里、大江千里…自分が好きになった音楽に、
最も音楽的に影響を与えていたのが大村さんの編曲…
この本は、30年経った今、そのことを強く再認識させてくれる。

このインタビューでも、美里が大村さんへの多くの想いを語っている。
Billboard JAPAN|渡辺美里Wonderful Moments 25th』インタビュー

2枚組み20曲ということもあるが、
アルバム「Lovin’you」には
とにかくたくさんの人達の思いが詰まっている。
その中から1曲を…と思ったとき、
代表曲で“3曲目”の「My Revolution」を持ってくるのは
ちょっと安易かなと思ったのと、アルバムの1曲目と
最後のナンバーでタイトルチューンを手がけた
岡村ちゃんに敬意を表して…

3曲目について散々書いておきながら
最後にこういうのもなんだが…
アルバム全体のイメージを打ち出すのは
やっぱり1曲目なんだよなぁ、と思う。

「Long Night」を聴いていると、
夜な夜な音楽聴いてたあの頃を思い出す。

ミッドナイト・レジスタンス|米米CLUB

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ミッドナイト・レジスタンス|米米CLUB

作詞・作曲・編曲:米米CLUB

自身の45歳で音楽リスナー30周年を
勝手に記念しての45曲のプレイリスト制作…2曲目。

1曲目(1発目)の投稿で、自分の
音楽リスナーになった一つのきっかけについて書きましたが、
きっかけはもう一つあって、それが「米米CLUB」です。

今これを書くのにあれこれ調べたというか、
記憶を辿っているんですが、私は音楽愛好者になる前は
アニメ愛好者だったんですけど…という話は
思いっきり端折りますが、当時日曜日の夜に
「文化放送」の「アニメトピア」という番組を聴いていたのでした。
それをチューニングするのに5分前くらいから聴いてて、
その「アニメトピア」の前にやってた番組が
「週刊米米(まいまい)新聞」という、
米米クラブのラジオ番組だったのです。

ちなみに、ちょうどその番組終盤の頃にやってたコーナーが
「神社仏閣めぐり」というもので、
わたし、神社仏閣も好きなんですけどw
それも米米の影響ってことになりましょうか。

そのラジオ番組を、いつしか「アニメトピア」は聴かずに
「週刊米米新聞」だけを聴くようになっていったのでした。
またちなみにで、週刊米米にチューニングするために
5分前くらいから聴いてたのが「城之内早苗のお夜食ないと」でした。
(1986年10月12日〜1987年1月4日 日曜21:00-21:30 ←ウィキによる)
個人的には、城之内早苗もメンバーだったアイドルグループは
全然好きでなかったんですが、城之内早苗さんにだけは
親近感持ってましたね。

そんなラジオ番組の関係をウィキペディアで調べると
「週刊米米新聞」は1986年4月13日~10月5日
日曜 21:30-22:00の放送とありました。
ですからこれは、前回の中二になって友達から
TMのカセット借りるより以前、中一のときの話です。

その当時、番組内でかかる「Shake Hip!」や「I CAN BE」、
あと「ヴィーナス」とか「グラデーショングラス」とか、
彼らの楽曲ももちろん聴いていましたが、
とにかくその番組がね、最高に面白かったんです。
何なの?この面白い人たちは!?というねw

その、正直得体の知れない「米米CLUB」のCDを買ったんですね。
これが、私にとって初めてのCD購入だったのと、その頃私、
カセットとレコードが聴けるミニコンポは持っていましたが、
CDプレーヤーを持っていなくて…そこで親におねだりw
「これを聴くのにプレーヤーが必要でね」と。
そうして、コンポーネントタイプのSONYのCDプレーヤーを
買ってもらってミニコンポにつないでました。

購入したCDは、その当時のアルバム最新作「E・B・I・S」、
これが1986年10月リリース。もう1枚、
シングルベストの「SINGLES」と一緒に買っていて、
こっちが1987年6月リリースでしたから、
87年6月以降の、つまり中学2年になってからということです。

この2枚、デビューアルバム「シャリ・シャリズム」と違って
ジャケットがカールスモーキー石井氏の直筆なんですね。
以降、基本的に石井氏のアートワークになっていくんですが、
デビュー作「シャリ・シャリズム」は作品全般を通して、
ちょっと“作られた感”があるというか…
デビュー作ですからねぇ、そういうもんなんでしょうけど。
(1枚目と違いセルフプロデュース作ですし)

その点で「E・B・I・S」のほうが、
初期の米米作品としては私は好きなのと、
「SINGLSE」のと合わせて、ジャケット画が大好きなんです。

singles_komekomeclub

「SINGLES」のは、レコードをぽいっと投げてる絵ですけど
ちょうどCDが出て切り替りが始まった時代を表しているのと、
そのCDが、自身にとっても初めて買ったCDだということから
とても思い入れがあります(2作合わせて)。

このプレイリスト2曲目にというか、
1曲目にTM、2曲目に米米というのは
もうそれは最初っから決めていまして、
2つのグループとのほぼ同時期の出会いがあったからこそ
私は音楽フリークになった、そう思っています。

(歌詞より)
君自身へのレジスタンス
ミッドナイト D.J
真夜中の闇を吹き飛ばせ!

その2曲目に持ってきた「ミッドナイト・レジスタンス」は
アルバムの中でも2曲目なのと、TMにしろ米米にしろ
私がラジオでその音楽を、そのグループを好むことを
楽しんでいたっていうことで、これにしました。

サウンド的にも、プレイリスト1曲目に持ってきた
TMの「NERVOUS」同様、ブラスの利いたナンバー。
米米CLUBのブラスはBIG HORNS BEE

私は小学校の鼓笛隊でトランペットを吹いていました。
中学では吹奏楽部がないなど、楽器からは離れていましたが
中学時代は、米米(BIG HORNS BEE)を聴きながら、
いつかこういう音楽(バンド)でトランペットを吹きたい…
ずっとそう思っていました。

一方で、当時のBIG HORNS BEEメンバーで
トランペッターの下神竜哉さんと、
後にお会いできるようになるなんてことは、
微塵にも思っていませんでした。

【読了】関係人口をつくる

今年は読書のペースが速いw

1月なのにもう2冊も読みました。
特に読書を今年の目標に掲げているわけではありません。
たまたま年明けに、本屋でポポンと
読みたい本が目に付いて買ってあったのと、
そういうのを鞄で持ち歩いてしまうので
早めに読んで鞄の中をすっきりさせたかった次第です。

今年というか、今月はとにかく身辺整理がテーマ…

そんな話はさておき、読み終えた本は
人口減少がテーマな1冊。

本の感想の前に早速ですが、
私が住んでいる市にもこういうサイトがあります。
つるおか移住・定住促進サイト「前略 つるおかに住みマス。」

同じサイト内ですが、こういうのもありまして…
『田舎暮らしの本』第4回日本「住みたい田舎」ベストランキングで東北第1位に!

輝かしい?人気を?誇る我が市でございますが、
山形県内においても“すすんで”人口が減り続けております。
仕事柄、山形県の庄内地方の人口推移を
いつも気にしているんですけども、
この人口減少について考えると、
とてもとても前向きにはなれない…というのが本音です。

人口が減っていることにより、自分の気持ちが滅入ります。

ですがそれは内心で、結構前向きに
仕事に取り組んでいると自分では認識しています。
仕事のほうは商売ですので、売上とか利益とか
とにかく“右肩上がり”をイメージというか
目指さなければならないわけなんですが、
人口が減る、マーケットが縮小されていくなかで
さらにこの先それがもっと…と解っている状況からすると
ほんとキツイんです…でも前向きにね、やってますよ。

人口の減少について、
仕事以外でも認識していないといけないのが、
同じ市内の、住んでる漁村のことです。

ちなみに漁村にもこのようなサイトがあります。
ゆらまちっく

この漁村、約300世帯、人口にして
1,000名をまもなく切りそう…というところです。
この漁村で、わたくし45歳の若輩者だと思っていますが、
自治会の役員を仰せつかっておる身でして。

かといって何か躍起になって
活動しているってわけではないんですけど、
やっぱり考えてはいかないとねぇ…くらいの、
まだその程度の認識なのですが、
今回本屋でたまたま「関係人口」という言葉に目がとまり、
本を手にしたのでした。

ちなみに木楽舎の出版ということで、内容についても
雑誌「ソトコト」とも切っても切れない内容でした。

「ソトコト」も、いつもチェック(立ち読み)したり
わりと買ってるほうです。
最近の、地域コミュニティとかソーシャルとか、
気になる題材が取り上げられていますのでね。

うん…こういうの、流行りになってるんですよね。

本の中にも書いてありますが、
今私たち過疎地に住んでるほうって、どちらかというと
流行りの事象がこっちまで届かなかったりw
はっきり言って時代遅れだから過疎化しちゃってるんですけど
人口減少の時代に突入したと思ったら、
どうやら我々過疎地に住んでるほうが
時代の先端に立つようになってしまったわけです。

地区の小学校の閉校に関わってから、
そのことをずっと感じていました。
今自分たちの地区で起きてることが、
いずれ(まだ一応人口のある)街のほうの学校でも
起きてくるんだろうなと…。

話が読後の感想とか、
「関係人口」のことになかなか進みませんけれども、
正直もっと「関係人口」のことについて
あれこれ書いてあるんだろうと読み進めたところ、
これがそうでもなくて…ということを、
著者も本のおわりのほうで触れてらっしゃいました。

でも、移住までいかないけど「交流人口」ともまた違う
「関係人口」という切り口があること、
そこにヒントがあることを知ることができたかなと思います。

ただ、今はちょっと、そこに躍起になるより
まずは自分自身が、この地区、この地域での生活を
しっかり楽しむことが先かなぁ、と思っています。

以上…いつもそうですが、書評じゃありませんw
読んで、自分が何を思ったか、感じたか、を書いています。

※「関係人口」についてはちょうど今発売中の
「ソトコト」最新号でも特集していましたよ!
ソトコト 2018年2月号 関係人口特集

GIVE YOU A BEAT ~ NERVOUS|TM NETWORK

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GIVE YOU A BEAT ~ NERVOUS|TM NETWORK

GIVE YOU A BEAT/作詞・作曲:小室哲哉、木根尚登 編曲:小室哲哉
NERVOUS/作詞:川村真澄 作曲:小室哲哉 編曲:小室哲哉

1987年、私は中学2年生でした。

1学年2クラスという少人数の中学でしたが、
2年になるときはクラス替えがありました。
その2年になったときにできた友達が、
私に2本のカセットテープを貸してくれました。

そのカセットは、どちらもTM NETWORKのアルバムで
3rdアルバムの「GORILLA」と、4thアルバムの「Self Control」。
「Self Control」のほうが1987年2月のリリースで
当時の最新作だったわけですが、
私にとってのTM NETWORKとの出会いは
「GORILLA」と「Self Control」が2枚同時でした。

そして、先に出たほうの「GORILLA」から聴きましたので
アルバム1曲目の「GIVE YOU A BEAT」が、
私にとって“初めて聴いたTM NETWORKの音”だったわけです。

「GIVE YOU A BEAT」は短い曲で
アルバムの世界に引き込むための誘導曲とでも申しましょうか、
そしてなおかつ次の曲との曲間がなく
2曲目の「NERVOUS」になだれ込んでいきます。

実の話、私はそれをしばらく1つの楽曲だと思っていました。

借りたカセットには、曲のタイトルがちゃんと書いてありましたし、
歌詞でも「ソウ、ナーヴァス、ナーヴァス~」と
はっきり歌っているにも関わらず、
『2曲目のNERVOUSはどれなの?』と思ってました(笑

そんな思い出もあって、私にとってはずっと
「GIVE YOU A BEAT」は「NERVOUS」のイントロなのです。

「GIVE YOU A BEAT」は、前述もしましたが
アルバム「GORILLA」の世界観を表す1曲であるのと、
ピアノとシンセサイザー、それとメンバー3人の
コーラス(メインボーカルはもちろん宇都宮隆)で出来ており、
短いけれども(当時の)TMの世界観そのものだったと言えます。

それに続く「NERVOUS」(というかアルバム全般)は、
生ドラム、生ベース、生のブラスセクションも入っています。
TMというと、デジタルな感じを思い浮かべる方が多いと思いますが、
本作(このころ)はそうでもないんですね。

ここで参加ミュージシャンを(敬称略)。
ドラムス/青山純 ベース/伊藤広規
ギター/清水信之、佐橋佳幸、北島健二
シンセサイザーマニピュレート/迫田到、松武秀樹
コンピュータプログラミング/久保 “COZY” 浩二
サックス、ホーンアレンジメント/中村哲
トランペット/兼崎順一 トロンボーン/早川隆章
サックス/Lenny Pickett
コーラス/渡辺美里、Curtis King
コーラス & ラップ/Brenda White-King、Tawatha Agee
ラップ/The Wild Bunch、DJ Nellee、3D “The Cool Breeze”、
Mil’o、Papagee、M.C. Williwee
フィンガーティップス/小室哲哉、小坂洋二

1986年のリリースで、ニューヨークやロンドン、
いわば本場のラップを取り入れているというのは
かなり先進的だったのではないかと本作は評されていましたが、
自分にとっては初めて触れた音楽(TM)がこれでしたので
こういうもんだと思って聴いてましたね。

アルバム「GORILLA」は、FUNK色が強い作品です。

当時TMは、そのファンのことを「The FANKS」と言っていて
私たち(私と友達)も“ファンクス”を名乗っていたんですが、
この「FANKS」というのは、小室哲哉が考えた造語で
(この方は造語をよく産み出す方である)
音楽的な「FUNK(ファンク)」と、楽しいの「FUN」、
そしてTMのファン「FAN」、その複数形…
つまり、その時のTMの音楽性と、
それを共有する人すべてを「The FANKS」と総称したんですね。

TMを好きになった私は、徹底的に情報収集しました。
(というか何かを好きになると、徹底的にそれをします。)
雑誌が主な情報収集源でしたが、もう一つがラジオです。

当時、東海ラジオ放送の「SF Rock Station」という番組で
小室哲哉が火曜日のパーソナリティーでした。
私は、ラジオを聴きながら、TMのこともそうですが
小室哲哉という一人の人間にどんどん興味を抱いていきました。
小室哲哉…ここでは“てっちゃん”と呼ばせてくださいw
てっちゃんがどんな音楽を聴いてきたか?
それを自分も追いかけることで
どんどんいろんな音楽に耳を傾けるようになりました。
洋楽ロックと、クラシックについてはほとんど彼の影響です。

当時のラジオですから、番組にハガキを出したりもしてましたね。
番組のコーナーで「The FANKSおとこ組」というのがあったんですが
(そんなのがあるくらい、FANKSのほとんどが女性w)
その限定メンバーズカードが当たったのは本当にうれしかったです。
(50枚限定で、ナンバー49!)

この原稿、何日も前から書いてあったのですが、
そろそろ投稿しようと思った昨日、きな臭い一報があり…
今日本人の口から引退表明がありました。
そうか…と受け止めつつ、彼に対する自分の想いに
何か変わるのか?と、自分に問いかけても何も変わりはありません。

小室哲哉…てっちゃんは、私にとって人生最大のアイドルです。

TMと、小室哲哉という人間を追いかけることで
私の、“音楽が好き”が始まったのでした。
その始まりが、アルバム「GORILLA」「Self Control」であり
「GIVE YOU A BEAT ~ NERVOUS」だったのです。

1987年、中学2年、あれから30年が経ちました。

自分の娘が今中学2年生。
同じように、音楽ばかり聴いています。
それもこれも、元を辿れば、小室哲哉であり、
カセットテープを貸してくれた、中学2年に出会った友人なのです。
彼も、今日の引退表明をどう聞いたかな…。